ブッダ

はいどーも!さとるです。
「仏教」といえば日本人の生活レベルにまで浸透している馴染みの深い宗教ですが、その開祖・ブッダはどんな人物だったのか?ということを今回は簡単にご紹介しようと思います!

さとる
「宗教を知る」ということは、世界を理解することにもつながる教養ですぞ
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ブッダの生涯はこんな感じ

仏像
▲ブッダのパンチパーマは螺髪(らほつ)と言います

世界三大宗教の1つに数えられる「仏教」は、今から2500年ほど前にインドで興った宗教です。
当時のインドで支配的だったバラモン教(後のヒンドゥー教)によるカースト制度を否定し、生まれや身分を問わず、絶対的超越者(=神)に頼らず、自助努力によって自らの苦しみを打ち消す方法と、安寧の境地への道を示した仏教は、現在に至るまで多くの人の心の支えとなっています。

では、その開祖となった人物はどんな生涯を送ったのか見てみましょう!

ゴータマちゃんハピバ

仏教の開祖である「ブッダ」ことゴータマ・シッダールタは、紀元前5世紀ごろ、現在のインド北部~ネパール南部辺りにあった小国、カピラ国の王子としてこの世に生を受けます。
小国とはいえ王子という身分なので、何不自由のない暮らしを送っていたとされ、16歳(または19歳)の頃にヤショーダラーという女性と結婚し、1人息子のラーフラを授かりました。

さとる
リア充やんけ
いぬ
ぼくも王子になりたいワン
出生については諸説あり

ゴータマの出生は現在に至るまで定説を見ず、主に「紀元前463年頃」「紀元前566年頃」「紀元前624年頃」の3つの説があります。
亡くなったのは80歳の時だとするのが一般的です。

悩みまくって出家しちゃう

リア充生活を送りつつも人生に苦悩していたゴータマは、「人生って一体なんやねん」とこの世の真理を求めて29歳の時に出家します。「なんでや!めっちゃええ暮らしさせてるやんか!!」という親父の制止を振り切り、妻子も捨て、1人旅立つのでした。

いぬ
リア充にしかわからん苦しみもあるんだワンね
さとる
妻子捨ててまで出家するとか、覚悟がすげーな

出家したゴータマはまず、 思想家として名を馳せていたアーラーラ・カーラーマ、 ウッダカ・ラーマプッタの2人に師事します。
しかし、2人の教えの境地をすぐに体得してしまい、「これはワイの求める真理とちゃうな」と感じ、2人の元を去るのでした。

3人目の師?

仏伝(ブッダの伝記)によっては、2人の元へ行く前にバッカバ仙人という人物に師事したとも書かれています。

苦行の果てに悟りの境地へ

ブッダガヤ
▲ゴータマが悟りを開いたとされる、ブッダガヤの菩提樹
画像引用:Wikipedia

その後、ゴータマはほかの修行者らと共に苦行に打ち込み始めます。

苦行を始めて6年が過ぎた頃、断食しすぎて死にかけたことがあり、近くの村に住んでいたスジャータという女性に乳粥(ちちがゆ)を食べさせてもらい一命を取り止めるという出来事がありました。
この時ゴータマは、「贅沢しすぎてもアカンけど、苦行しすぎてもアカンな」と結論し、苦行を放棄したとされています。
5人の修行仲間からは「うわっあいつ逃げやがったよ」と非難されますが、ゴータマは気にしません。鋼のメンタルです。

体力を回復したゴータマは大樹の元で瞑想に入り、ついに悟りへと至ります。
この時、ゴータマ35歳。以降は自らのことを「ブッダ」(=目覚めた人)と呼ぶようになります。

しかし、悟りの内容について最初は「みんなに話してもどーせ理解できんからムダなことはやらんどこ」と思っていたのだけれど、仏伝によればバラモン教(当時のインドで支配的だった主教。後のヒンドゥー教)の最高神である「ブラフマー」(=梵天)にお願いされてようやく人々に教えを説く決意をした、とされています。

いぬ
ブラフマーがお願いしたことを「梵天勧請」(ぼんてんかんじょう)と言うワン

鋼のメンタル説法ジャーニー

サールナート
▲初めての説法が行われたサールナート
画像引用:Wikipedia

35歳で悟りを得たゴータマ・ブッダは、かつて苦行を共にした5人の仲間たちに教えを説きに行きます。
彼らは「(苦行を途中で放棄した)堕落者が来たぜ」と見向きもしませんでしたが、鋼のメンタルであるゴータマはお構いなしに説法を開始。
5人は聞いているうちに悟りを得てしまうというまさかの超展開となり、晴れてゴータマの弟子となるのでした。

その後、ゴータマ・ブッダは各地を旅しつつ説法を行った結果、弟子や在家信者が増えていき、1000人を超える大教団へとなっていきました。

さとる
ブッダの初めての説法のことを「初転法輪」(しょてんぽうりん)と言います

そして涅槃へ・・・

クシナガラの涅槃像
▲入滅の地、クシナガラにある涅槃像
画像引用:Wikipedia

さまざまな出会いや別れを繰り返し、故郷であるシャーキャ国の滅亡すらも目の当たりにしたゴータマ・ブッダ。

その最後の旅路にて、鍛冶屋のチュンダにより供養された食事にあたってしまい激しい腹痛に見舞われたゴータマは、クシナガラという街の近くでそのまま亡くなってしまいます。
享年80歳でした。

いぬ
この時チュンダが供養したのはキノコ料理、もしくは豚肉料理だったと伝えられているが定かではないワン
さとる
最後の旅に出る前から、ブッダは体調がよくなかったらしい

ゴータマ・ブッダは入滅(仏教における僧侶の死のこと。ブッダの場合は仏滅とも言います)した後、涅槃(ねはん)に入ったとされます。
涅槃とは、すべての煩悩がなくなり、魂が巡り再びこの世に生まれてくる=輪廻転生(りんねてんしょう)のプロセスから解放された安楽の境地のこと。
古代インドでは「生まれ変わることは苦しみである」と捉えていたので、そのプロセスから外れることが仏教が目指す究極の状態となります。

さて、ゴータマ・ブッダの遺した最後の言葉は・・・というと、

 「さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう、『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい』と。」

「ブッダ最後の旅-大パリニッバーナ経」(岩波文庫)より 著/中村元

死は誰にも避けられない運命であるから、嘆き悲しんでいるヒマがあるなら自らの修行に専念せよ、と弟子たちを戒めて亡くなったようです。

さとる
弟子たちには「自分の葬儀に関わらずに修行せよ」とも言っていたそうな
いぬ
その言葉を守るように、葬儀は在家信者が行ったみたいだワン

ゴータマ亡き後も弟子たちの尽力によって教えは受け継がれ、時代によって変容しながらも、その精神は現在に至るまで語り継がれているのです。

「ブッダの生涯」を知るためのオススメ書籍

仏教入門と銘打った書籍は数多くあるものの、始まり~現代までの仏教史全体を解説するものが多く、ブッダの生涯にスポットを当てた書籍というのはとても少ないです。
その中でも読みやすく、わかりやすいものを2つ選んでみました。

『ブッダ』 / 手塚治虫

言わずと知れた、手塚治虫先生による「ブッダ」。ブッダの生涯を知りたいなら、まずはコレを読んでおきましょう。「仏教書は難しいから、マンガだと本当に分かりやすい」と知人の現役僧侶も申しております。
仏伝に描かれたブッダの物語をベースに、さまざまな伝説や手塚先生自身の考えを織り交ぜながらとても面白く仕上げられていますが、創作の部分も多いので、あくまでもファンタジーとして楽しむのが吉です。とはいえ、「仏教」の世界に触れる間口としてこれ以上最適な本はないと思っています。

さとる
ぼくも年に1回は読み返しています

『ブッダ伝 生涯と思想』 / 中村元

国際的な仏教学の権威として知られる、故・中村元先生による書籍。
初期(原始)仏典に収められた言葉を元に、ゴータマ・ブッダの出生から入滅までをまとめた1冊。これは本当に面白い。
入門書ではないので初心者の方には少々難しく感じるかもしれませんが、中村先生の説明は平易な言葉を用いて分かりやすく書かれているので、読み進めるのも苦にはならないかと思います。
また、優しく温かい言葉の数々に、先生の人柄が偲ばれます。

さとる
これ1冊でブッダの生涯は網羅できます

今回のまとめ

と、いうわけで今回は仏教の開祖であるゴータマ・シッダールタの生涯をざっくり紹介してみました。

彼の生涯を簡単にまとめてみると、

  • 紀元前5世紀ごろ、シャーキャ族の王子として生まれる
  • 16歳(または19歳)の時に結婚する
  • 29歳の時にすべてを捨てて出家
  • 35歳で悟りを開く
  • 以降、各地を旅しながら教えを説く
  • 80歳で亡くなる

といった感じになります。

日本人にとって馴染み深い宗教である「仏教」。この記事を読んで、少しでも興味を持って頂けたら幸いです!

それではまた!

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